ついにこの時がやってきてしまった。土讃線の普通客車列車がDF50からDE10へ置換。
当時はまだ学生で四国から離れたところに居住する身分で、
さあこれから撮影するぞ!というときだったので衝撃的だった。
DE10置換は3/1の173レ、226レ、1233レから開始される情報をキャッチ。
2/28のDE10練習運転を行うDE10+DF50重連の224レ、DF50牽引223レとキハ181南風の坪尻交換をメインにして出発する。
■1981年 2月28日
宇 野 23:37発 宇高連絡船31便 乗船(2月27日)
高 松 00:37着
高 松 00:47発 731D土讃線普通夜行列車 乗車
多度津 01:32着 多度津で休息中のDF50を撮影
左からDF5033 51 60 571
多度津 02:48発 762D土讃線普通夜行列車 乗車
高 松 03:31着
121レ・221レをバルブ後、221レで坪尻へ
高松 05:03発 221レ 乗車
坪尻 06:48着 この日は寒い一日で、猪ノ鼻トンネルを抜けると一面雪景色だった。
坪尻 08:29発 DE10+DF50重連224レとDF50 273レの交換
273レ退避待ちのDE10練習運転の224レ DE101009+DF5044
273レが坪尻を通過
224レ坪尻出発 ゆっくりと推進運転で転線していく
重連の轟音とともに猪ノ鼻越え
急行や貨物列車280レ(DF5027)を撮影しながら、メインの223レと12D南風2号の交換を待つ。はるか頭上の国道32号阿讃ドライブインにも人影が。
DF5037牽引の223レが坪尻へ到着。
現場では必死だったのでわからなかったが、SGは3カ所から吹き上げていていい感じに出ていた。蒸気世代ではないのでこのSGが蒸気機関車を彷彿させてくれた。
223レ到着後、かなり長く感じたが、12D南風2号がやってきた
ばっちり決めました!坪尻のDF50とキハ181南風交換。
撮影直後この223レに乗り込んで阿波池田の長時間停車を撮影する、
という少し無謀な計画であった。
車どころか運転免許すらないのでこの223レに乗らなければ絶対に池田で長時間停車するDF50牽引223レは撮れない。
上の写真は200mmなのでホームまではかなりの距離がある。
撮影後2台切りの三脚をもって列車まで爆走。
荷物はホームに放置していたようで、当時のメモをたどると、どうやら走りながら「この列車乗ります」みたいな紙を機関士にかかげていたようだ。
三脚をデッキに投げ出し、急いで荷物を押し込んだのをなんとなく記憶している。
ただ猛ダッシュだったのでいつもはのんびり眺める箸蔵-佃の吉野川橋梁オメガ区間は全く見ずに吐きそうになっていた。
阿波池田停車中の223レDF5037
吐きそうになりながらも計画通りに無事223レ池田停車(37分間)を撮影できた。
阿波池田 12:03発 223レ 乗車
小歩危 12:32 急行退避
DF50最終運用となる226レを第二吉野川橋梁お立ち台で後追いで撮影。
275レ(DF50573)は小歩危駅まで戻り南風交換を撮影。
小歩危 16:37発 241D 乗車
繁 藤 17:51発 228レ(DF5037) 乗車
阿波池田 19:17着 46分停車
阿波池田 20:03発 228レ
多度津 21:16着 下車
多度津でDF501 DF5026をバルブ
多度津 22:20発 159D 乗車
<本日の編成>
121レ DF50570[高] 221レ DF5020[高]
マニ50 2070 南トメ スユニ60 40 四カマ
オハフ33 541 四コチ マ ニ36 102 四コチ
オ ハ47 104 四コチ オハフ33 471 四コチ
オハフ33 1002 四コチ オ ハ47 2282 四コチ
オ ハ61 544 四コマ オハフ33 457 四コチ
オ ハ41 356 四コマ オハフ33 542 四コチ
オ ハ61 1588 四コマ
オハフ61 232 四コマ
223レ DF5037[高] 228レ DF5037[高]
マニ36 2027 大キト オハフ33 542 四コチ
オハフ33 1003 四コチ オハフ33 595 四コチ
オ ハ35 1076 四コチ オ ハ47 114 四コチ
オ ハ47 84 四コチ オハフ33 594 四コチ
オハフ33 458 四コチ マ ニ50 2058 南トメ
スユニ60 40 四カマ
■1981年 3月1日
伊予西条 00:06着
175レ DF5055 伊予西条でマニ2両を連結
早朝5時台に出発するDF5051 124レが待機中
伊予西条 01:37発 614D うわじま14号 乗車
高 松 03:42着 下車
夜行急行・夜行普通が当たり前のように走っていたので、宿不要で容易に移動ができたこの時代。でもいつ寝ていたんだろうかと今考えれば思う。高松到着後はいつもの予讃土讃の始発普通列車をバルブ。
121レ DF5052
冬場のSG吹きあがりは今のデジタルと違い、現像してみないと結果がわからない。
何枚もとってその中にいい画が何枚あるかという世界だったが、現像後の仕上がりが楽しみではあった。
この121レ発車音をyoutubeで公開しています!
221レ DF5037
高 松 05:03発 221レ 乗車
多度津 05:47着 下車
ここから多度津DF50の超忙しい朝が始まる
06:19着07:17発 273レ(DF5064) 土讃線貨物
06:47発 170レ(DF5033) 予讃線貨物
07:01着07:14発 120レ 予讃線普通 坂出までのDF50後付け回送連結(DF5026)及び到着時5両の客車に4両増結しDF5043+客車9両+DF5026の堂々たる通勤編成に変貌
07:16着 222レ(DF5050) 土讃線普通(07:27発122レへ)
07:30着08:39発 191レ DF5062+貨物+DE10後補機
08:00着08:05発 124レ(DF5051) 予讃線普通
09:29着09:45着 224レ(DF5028) 土讃線普通
多度津到着前にあることを予想していた。
昨晩DF50トップナンバーを多度津で確認しており、昨日の275レがDF50573マン型ラストナンバーだったので運用通りに行けばDF50573は284レ土讃夜行貨物で多度津にきて、予算貨物183レまで多度津待機のはずなのでひょっとしてスルザートップとマンラストが並ぶのではないか、と。
予感的中!しかも2台きれいに並べてくれている!!
地元の方にとってはそう珍しい光景ではないのかもしれないが、遠方から遠征している者にとっては千載一遇のチャンス。
この2ショットは当時の鉄道グラフ雑誌レールガイにも掲載されました。
191レDF5062と11D南風1号
202D キニ15-1
こんなゲテモノ気動車が急行に併結されている当時の四国は気動車王国と呼ばれ、非電化好きにとっては最高でした。
多度津 09:45発 224レ 乗車
高 松 10:34着 下車
録音機材・写真機材15キロを背負っての移動でキオスクのパンなどろくに食事もせずのたった2日間の撮影行であったが色濃く記憶に残る2日間となった。
<本日の編成>
121レ DF5052[高] 221レ DF5037[高]
マニ50 2016 南トメ スユニ60 40 四カマ
オハフ33 594 四コチ マ ニ36 106 四コチ
オ ハ47 114 四コチ オハフ33 541 四コチ
オハフ33 595 四コチ オ ハ47 104 四コチ
オ ハ61 1584 四コマ オハフ33 1002 四コチ
オ ハ47 2277 四コマ オハフ33 580 四コチ
オ ハ46 16 四コマ
オハフ61 794 四コマ
120レ DF5043[高] 224レ DF5028[知]
オハフ33 578 四コチ オハフ61 703 四コチ
オ ハ47 129 四コチ オ ハ41 2315 四コチ
オ ハ35 997 四コチ オ ハ47 113 四コチ
オハフ33 579 四コチ オハフ33 596 四コチ
オハフ33 1501 四コマ
オ ハ47 176 四コマ
オ ハ47 66 四コマ
ス ハ42 131 四コマ
スハフ42 2225 四コマ
DF5026[高](坂出までの後付回送)